「受動」から「能動」へ。農林中金が描く、
不動産投資の新たな「レジリエンス」。
「食と農のリーディングバンク」として、世界に圧倒的な存在感を放つ農林中央金庫。同庫の不動産投資は今、従来の「ファンドへの受動的な投資」から、自ら案件を組成しバリューアップに深く関与する「能動的な投資」へと舵を切った。金利上昇やインフレといった激動の市況下、巨額の資金を預かる機関投資家として、いかにして資産の健全性を保ち社会に価値を還元していくのか。本稿では、「苦い経験から得た教訓」から、共創による「エコシステム」の構築、そして不動産セキュリティ・トークン(ST)に対する慎重かつ誠実なスタンスまで、同庫が挑む不動産投資の新たな「レジリエンス」の正体に迫る。
農林中央金庫 不動産投資部長 栗山 敏一 氏

サイクルに翻弄された過去、受動的投資からの決別
農林中央金庫は、1990年代から、債券や株式といった国際分散投資の一環として不動産投資に取り組んできました。2000年代に入り、日本国内で証券化ビジネスが台頭する中でも、主要なプレイヤーとして名を連ねてはいましたが、当時の私たちの立ち位置はあくまで「純粋な投資家」に留まっていました。
海外投資においても、グローバルな人員配置には限界があり、海外の運用マネージャーに委託するファンド投資が中心でした。そこへリーマンショックが襲い、審査態勢の抜本的見直しや国内外での投資姿勢の厳格化を余儀なくされました。その後も、私たちは不動産特有の「市場サイクル」に翻弄されるという課題に直面しました。機関投資家である私たちは、実際にアセットを動かす事業者のように好不況のサイクルを待つことが難しく、市場が悪化すればその時点で損失等の財務負担を伴う形でポジションの解消に動かざるを得ません。そうした断絶と苦い経験を幾度も乗り越え、たどり着いたのが現在の形です。
2021年の組織転換、AM子会社設立がもたらした能動性
大きな転換点は2021年でした。不動産投資に特化した「不動産ファイナンス・ソリューション部(2025年に不動産投資部に改称)」として独立するとともに、アセットマネジメント子会社である「農中JAML投資顧問」を設立。これは、単なる投資部署の一ラインから、組織横断的に不動産ビジネスに関われる体制へと舵を切ったことを意味します。
この改革には二つの大きな背景があります。一つは、系統組織の会員の皆様に対し、不動産という運用機会を通じて利益を還元するための「器(私募リート)」を作ること。もう一つは、法人のお客様に対し、従来の融資だけではない不動産ソリューションを提供し、ビジネスとして収益化することです。
これまでの私たちは、投資の入口段階では詳細な検証・分析を行うものの、最終的には運用を外部に委託する形で、結果としての勝ち負けを受け入れる受動的な存在でした。しかし現在は、最初から「勝てる案件」を自ら作り出すために、プロアクティブに関与するスタイルへと変貌を遂げています。それは、市場が悪くなれば切り捨てるような関係ではなく、信頼できるパートナーとリソースを投じ、ともに歩む投資への転換でもあります。
パートナーとの共創、「エコシステム」が資産価値を最大化する
農中JAML投資顧問は、当庫が7割、JA三井リースが3割を出資して誕生しました。グループが持つ不動産開発のノウハウと、金融機関としてのネットワークを融合させ、自分たちで案件を作り出せるようになったことは非常に大きな進歩です。
市場環境も私たちの背中を押しています。かつての低金利環境と違い、現在は外貨調達コストの上昇により海外投資のリターンの妙味は相対的に低下しています。一方で、国内は金利上昇局面にあり、アセットクラスを問わず、円を効率的に運用することが当庫全体の投融資ポートフォリオ運営での主要なテーマとなっています。
私たちは、こうした環境変化のもと、投資戦略の多様化や投資対象の効果的な発掘に向けて、CBREのような総合不動産サービスプロバイダーやデベロッパー各社との補完的な提携を、社内で「エコシステム」と呼び、共創の拡大を推進しています。単なる金融の枠を超え、事業パートナーとしての複眼的な視点を持つことで、不動産のリスクをより深く、精緻に見極めることが可能になると考えています。このネットワークこそが、私たちの不動産投資の付加価値を最大化させる源泉であると確信しているのです。

デジタルの潮流と、機関投資家としての説明責任
昨今、デジタルトランスフォーメーション(DX)やセキュリティ・トークン(ST)、クラウドファンディングといった新技術が注目されています。私たちも市場の透明性向上やモニタリングの高度化、データドリブンな投資判断を支援するDXの動きには強い期待を寄せています。実際に、当庫グループとしてもデジタル証券のプラットフォーマーである「プログマ(Progmat)」に出資し、将来的な活用を研究しています。
一方で、リテールマネー(個人資金)を不動産市場に呼び込むことについては、慎重な対応も必要だと考えています。米国で起きているプライベートクレジットの事例では、信用不安を受けてリテールマネーが真っ先に反応しました。個人投資家の感応度に日米の差があるとしても、適切な啓蒙やアカウンタビリティ(説明責任)が伴わないままでの個人資金の呼び込みは、市場環境が変わった際、自己の投資案件に予期しない形で直接・間接に影響を及ぼし、流動性リスクの顕在化やレピュテーションリスクを招く恐れがあります。
今の私たちが注力すべきは、こうした新技術を「市場のレジリエンス(回復力・弾力性)」を高めるためのインフラとして育てることです。情報の非対称性をDXの浸透により軽減し、私募市場の健全性を高める中で各種ツールが普及していくことを理想として、これらのテクノロジーと向き合っていきたいと考えています。
「食と農」のアイデンティティを不動産投資に宿す
私たちは「食と農のリーディングバンク」として、不動産投資においてもその社会的使命を追求しています。例えば、三菱地所様と共同で取り組んでいる大阪南港の冷凍冷蔵倉庫プロジェクト。これは、私たちの法人のお客様である食農分野の方々へのソリューション提供にもつながり得る取り組みです。
また、2030年までに累計10兆円というサステナブル投資目標を掲げる中、不動産はESGへの取り組みが最も「刺さる」アセットクラスです。国内の多くの運用会社と対話(エンゲージメント)を重ね、投資資産のグリーン化を進めることは、社会的な要請に応えるだけでなく、物件の競争力を高め、最終的なリターンの向上に直結します。
さらに、地方都市所在の築古オフィスビルに関して、ポテンシャルのある物件をリノベーションすることで価値を適正化し、将来的な私募リート組み入れにつなげる「汗をかくバリューアッド投資」を行っています。こうした取り組みは、私たちの系統グループが全国に持つ資産の活用にもつながる、将来の大きな柱となるでしょう。
トロフィー案件を追わない、「汗をかく投資」が導く真の価値
今後の不動産マーケットは、気候変動への対応や流動性のあり方がさらに厳しく問われるでしょう。競争環境も激化しますが、私たちは単に投資残高の数字を追うのではなく、ネットワークを通じたポートフォリオのクオリティ向上に邁進します。
かつてのような「トロフィー案件への金額インパクトのある投資」は、もう過去のものです。たとえ少額の案件であっても、私たちが自ら手を加え、潜在的な価値を掘り起こす。そうした成功の積み重ねこそが、農林中央金庫が進むべき新しい不動産投資の道であると信じています。ポートフォリオの分散を一層進める中で、DXの取り込みも管理負荷をカバーする重要な意味を持ってきます。
市場のレジリエンスを高め、健全な流動性を生み出す一翼を担う。私たちはこれからも、信頼できるパートナーとともに、地に足のついた挑戦を続けてまいります。
農林中央金庫不動産投資の変遷
~90年代 | 国際分散投資の一環で不動産投資開始 | ||
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2010年代~ | エリア・戦略分散を企図した国内不動産投資残高拡大 | ||
2021年 | 不動産ファイナンス・ソリューション部立上げ、農中JAML投資顧問㈱(NJIA)設立 | ||
2022年 | 農中JAMLリート投資法人運用開始 | ||
2023年 | 国内不動産バリューアド投資開始 | ||
2025年 | NJIAにて私募ファンド運用事業開始 | ||
2026年 | NJIAの受託資産残高(AUM)2000億円突破 | ||