国内市場の縮小や、海外で成功する日本ブランドの増加を背景に、海外出店を「そろそろ本気で考えなければ」と感じるリテーラーは少なくありません。 国や都市によって商習慣や市場環境が大きく異なる海外出店では、現地の確かな情報にアクセスし、それぞれのブランドに合った判断を重ねることが不可欠です。こうしたニーズを踏まえ、 商業店舗に関する包括的なサービスを提供するCBREのリテール部門では、クライアントの海外進出をサポートする「インターナショナルチーム」を結成し、世界各国のCBREと連携して国境をまたぐ出店案件に携わっています。今回は同チームの笹浪正行シニアコンサルタントに、実務の概況や、リテーラーが海外で直面しがちな日本との商習慣の違いなどについて聞きました。
笹浪 正行(ささなみ まさゆき)
シービーアールイー株式会社
アドバイザリーサービス
リーシング リテール
シニアコンサルタント
首都圏商業施設デベロッパーにて、施設運営、フロアマネジメント、MD戦略、リーシングなど商業施設運営全般を経験。その後、海外新規事業の立ち上げ・事業運営・部門統括を担当。 2023年CBREへ入社。リテール インターナショナルチームに所属し、海外ブランドの日本進出支援および日系企業の海外進出支援を担うアウトバウンド領域をリード。国内外のブランドとオーナー・デベロッパーをつなぐクロスボーダー案件に従事している。

海外出店相談、1年で1.7倍。
情報過多時代に日本のリテーラーが直面する「選定力」の壁
―― 笹浪さんは普段、リテールのインターナショナルチームでどのような業務を担当されているのでしょうか
海外に出店したいという日本ブランドからのご相談を受け、各国のCBREリテール部門の社員とクライアントをつなぎつつサポートを行う、いわば「ハブ」の役割を担っています。現在、米国に約680名、APAC(アジア太平洋地域)に約220名、EMEA(欧州・中東・アフリカ地域)に約350名が在籍しています。こうした現地のプロフェッショナルとクライアントとをつなぐコーディネーターとして、その関係が効果的かつ円滑に続くよう、日本ブランドの目線に立って、クライアントに伴走しています。
近年の国別の相談件数を見ると、集計を始めた2024年が26件だったのに対して2025年は45件と約1.7倍に増加しました。2026年9月時点では既に前年を超える件数になっています。地域別の内訳は昨年はASEAN中心にアジアへのご相談が多かったですが、今年はアジア・ヨーロッパ・北米でほぼ均等。日本のリテーラーの関心がまんべんなく世界へ広がっているというのが実感です。クライアントは、ファッション関連企業や飲食店など、幅広い業種・業態を支援しています。
―― ここ数年で海外出店の相談が増えている背景を、どう見ていますか。
根本には、人口減少に伴う国内マーケットの縮小があると思います。客単価の引き上げにも限界がある以上、5〜10年後にも事業規模を維持・成長していくには、日本国内のみならず海外にも軸足を置く必要が出てきます。実際、日本のハイストリートで好調な実績をマークされているブランドはインバウンドのお客さまの売上比率が高いブランドが多い。海外のお客さまから評価されることはブランドの成長に直結する時代になっている、とも言えます。
実際、世界に目を向ければ、平均年齢が20代というアジアの国もあり、今後の成長市場としての魅力は増す一方です。しかし、いざ海外進出に動こうとしても「どうしていいか分からない」という企業は多いようです。
近年、海外出店をかえって難しくしている要素として、得られる情報量の増加があると考えています。情報はWebで無数にありますが、いざ実行するとなると鵜呑みにはできないし、自社だけで取捨選択するのも難しい。国内市場を中心に事業を展開されてきたリテーラーの皆さまの中には海外での実務経験を持つ人財が社内に十分にそろっていないケースも少なくありません。そのため、正確な情報を見極められるパートナーを起用しなければ自社だけでは出店プロジェクトを完結させることは難しい状況です。

―― 海外出店において、日本での店舗開発の経験はどの程度通用するものなのでしょうか。
各国・各都市で商習慣も市況も異なるため、日本での店舗開発の経験がそのまま通用する割合は、体感で2〜3割程度と考えておいた方がいいかもしれません。
比較的イメージしやすい例として、日本では、ハイストリートの路面店舗では敷金として賃料の12カ月分前後を求められるのが一般的ですが、海外では3〜6カ月分程度の敷金に銀行保証を組み合わせる方式もあります。
また、取引の進め方そのものが、日本とは大きく異なる場合があります。 日本では、1件の出店計画に複数の仲介会社が関与することは広く行われており、テナント企業は複数の仲介会社から物件情報を収集し、それぞれのネットワークを活用しながら候補物件を比較検討することも一般的です。
一方、海外、特に米国では、物件オーナー側に立って交渉を進める「オーナーレップ」と、テナント企業を代行する「テナントレップ」がそれぞれの代理人となり、双方が交渉を行う「レップ制」が一般的です。そのため、テナント企業は自社を代表する仲介会社を選定し、物件探索から条件交渉、契約締結までを一貫して任せるケースが多く見られます。
賃貸仲介手数料については、日本では法律によって上限が定められていますが、海外では当然、上限の有無や算定方法・水準などが異なるため、事前に把握しておく必要があります。
このような市場慣行の違いから、海外では日本のように複数の仲介会社へ同時に依頼して幅広く情報を集めるよりも、自社の代理人となる仲介会社をどこに任せるかが重要になります。選定した仲介会社の情報収集力や交渉力、市場への理解度が、候補物件の選択肢や契約条件に大きく影響するためです。
さらに、仲介や契約の慣行を把握するだけでは十分ではありません。国や地域の規制によって、そもそも計画している業態や規模で出店できない可能性もあります。アジアの一部の国では、自国産業を保護するために外資企業の参入を規制し、業態や店舗面積に制限を設けている例があります。こうした法律や規制は変更されることも多いため、プロジェクトの初期段階で正確な情報を把握しておかなければ、物件選定や条件交渉を進めた後に出店できないことが判明し、プロジェクトが途中で頓挫しかねません。

競合ブランドの実績から、出店成功の道筋を逆算。
CBREのグローバルネットワークが導く海外進出
――今聞いただけでも、海外の特殊な事情を日本側だけですべて把握するのは、現実的ではないように思います。こうした点を踏まえ、日本のリテール部門はどのように海外出店支援を行っているのでしょうか
おっしゃるとおり、国ごとに法や商習慣は大きく異なるうえ、対応すべき領域は現地法人の設立や税務・会計、設計施工、物流、採用、マーケティングなど多岐にわたります。そのうち、基本的にCBREが専門的に支援できるのは、出店国・立地の選定や物件・立地分析といった不動産の領域です。
支援としては、出店国の選定からお手伝いすることもできますが、実際には「アジア」「ヨーロッパ」など、ある程度エリアを絞った段階でご相談いただくケースが多いですね。
一般的なコンサルティングでは人口動態などのマクロ分析から入ることが定石ですが、我々CBREが重視しているのは、例えば競合ブランドが実際にどの国のどの立地で、どのくらいの規模の店舗を展開しているのか、といった現場レベルの情報です。
そうした情報を起点に、検討しているエリアの中で、どのような立地や店舗規模が適しているのかなど、出店戦略をご提案させていただきます。物件情報だけでは見えにくい市場の実態も踏まえて議論できるため、クライアントも具体的なイメージを持ちながら意思決定を進めやすくなると思います。
テナント向け 海外への進出支援

加えてCBREの強みとなるのが、世界各国の物件オーナーとの関係です。人気物件の多くは市場に出回る前に埋まってしまうため、将来の空室情報など水面下の情報をいち早くつかめるかどうかが提案力を左右します。日本ではハイストリートの路面店オーナーとの関係が当社の強みですが、路面店文化の薄いアジアではショッピングモールのデベロッパーとの関係構築が提案の要となるなど、各国によって実情は異なります。
そのため、世界各国のCBREとの緊密な情報共有が欠かせません。例えばCBREのAPAC地域各国のリテールメンバーでは、定期的に日本・中国・韓国・東南アジア各国などから約20名が参加するWeb会議で、各国におけるブランドの動向を共有しています。
――実際の支援事例を教えてください
近年では、日本のあるカジュアルアパレル企業の南アジアへの初進出をサポートしました。我々と現地のCBRE社員が連携し、マーケット調査や参入戦略の策定、テナントレップとしての交渉を担い、ショッピングモールの複数店舗の確保を支援、アジアでの多店舗展開への足掛かりとなりました。アジアのモール中心の市場では、モールごとにラグジュアリー寄りからカジュアルまで様々なポジショニングがあり、「このブランドにはこのモール」という相性があります。そのため、どのエリアにどれだけの市場があり、そこで一番のモールはどこなのか、そしてクライアントのブランドの特性はどこにあるのかなどを総合的に考え、立地の選定をはじめ様々な助言を行いました。
出店とは逆に、退店支援も手掛ける場合もあります。米国のある大都市で営業していた日本ブランドの店舗を閉店する案件では、日本のリテール部門として、海外で初めての退店支援を行いました。契約期間が4〜5年残る中での中途解約で、違約金の交渉ができるのか、退去時の原状回復はどうするのか、米国の商習慣に照らして何を交渉すべきかなどを、現地CBREと連携しながら、クライアントにアドバイスしました。退店は出店以上に、賃貸借契約書による様々な制約がある中で交渉のポイントを探し出す難しさがあります。日本のクライアントと同じ目線で物事を考えられ、海外にプロフェッショナルの同僚がいて連携できる。それが、我々の強みだと考えています。
出店支援
南アジアへの初進出
クライアント:日本のカジュアルアパレル企業
マーケット調査
参入戦略の策定
テナントレップとしての交渉
モールのポジショニングとブランド特性の適合分析
→ ショッピングモール内の複数店舗を確保
アジア多店舗展開の足掛かりに
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退店支援
米国大都市からの撤退
クライアント:日本のファッションブランド
契約期間が4〜5年残る中途解約
違約金交渉の可否の検討
退去時の原状回復の考え方
米国の商習慣に照らした交渉ポイントの特定
→ 日本のリテールとして、海外で初めての退店支援
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――海外出店は、今後のブランドのあり方そのものをも左右する重要な判断だと思います。その点を踏まえ、最後に今後の抱負をお聞かせください
海外出店がもたらす価値は、売上の拡大だけに留まりません。パリ、ロンドン、ニューヨークといった世界の旗艦エリアに構えるリアルな路面店は、ブランド価値そのものを大きく跳ね上げ、ECを含むグローバルビジネス全体を前進させる推進力となり得ます。私たちは、単に出店地を選定するにとどまらず、「その一歩がブランドをどう変化させるのか」という本質的な問いからクライアントと向き合っています。
我々は普段、海外ブランドの日本進出のサポートも数多く手掛けていますが、 こうした「インバウンド」と、日本ブランドの海外へ進出する「アウトバウンド」は、双方が循環してこそ、日本のリテール業界全体の底上げに繋がると信じています。
私の根底にあるのは、「日本のリテールを通じて、日本全体を元気にしたい」という強い想いです。海外市場へ果敢に挑む日本ブランドが増え、世界で掴んだ成功・失敗含めた様々な経験値が再び日本へと還元されていく——そのような好循環を生み出すことが、日本の活力に繋がると信じています。結果として世界の人々へ日本の良さを発信するだけでなく、海外から学べることも増える。これは、お互いに学び合い、成長をしていくことに繋がります。そのような循環の実現に向けて、今後も日本ブランドのグローバル展開に寄り添い、確かな成果へとつなげていく支援を続けてまいります。