ワンチームで挑む宇宙の「アフターサービス」。
全員が現場の熱を感じるワークプレイスを目指す。


スペースデブリ(宇宙ごみ)の除去や衛星の寿命延長など、軌道上サービスを手がけるアストロスケール。事業の要となる人工衛星の製造には、天井高や広さといった設備要件が欠かせない。事業を支える特殊な拠点を、どのように築いてきたのか? 同社日本法人の上級副社長・伊藤美樹氏に、創業からの拠点変遷やワークプレイスの理想像などを訊いた。
株式会社アストロスケール
上級副社長
伊藤 美樹 氏
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人類共通の宇宙の課題を、民間の技術力で突破
アストロスケールは、宇宙空間を高速で周回するスペースデブリの観測や除去、人工衛星への燃料補給や修理といった軌道上サービスに取り組んでいる企業です。創業者でCEOの岡田光信が、他業界から宇宙業界へ足を踏み入れる中でデブリ問題に着目し、2013年にシンガポールで創業しました。宇宙に国境はなく、国だけでは解けない人類共通の課題だからこそ、民間が持続的な事業として挑んでこそ突破できる——それが出発点になっています。当社事業のコアであり独自性でもあるのが、製造・開発した人工衛星による、非協力物体へのRPO(Rendezvous and Proximity Operations)技術。これは、スペースデブリのように位置情報や姿勢制御の協力が得られない物体に対して、いかに安全に、精密に接近して捕獲するのかというものです。国際宇宙ステーションへのドッキングは互いに通信し合い、互いに姿勢制御もし合う「協力的」な関係ですが、デブリは想定外の回転をしているかもしれません。このような物体に近づいて捕まえる技術を確立していくには、システム設計、軌道設計、安全設計等の様々な知見が必要です。それらについて総合的に取り組み、宇宙空間で実証してきていることは、当社の強みであり独自性と言えるでしょう。例えば、先に打ち上げた実証衛星「ADRAS-J(アドラス・ジェイ)」は世界で初めて※本物のデブリへの接近や近距離での撮影等に成功しました。また、2027年以降の数年で複数のミッションを予定しているなど、事業を加速しています。
自動車であれば、地上で故障したとしても点検や給油、修理を受けられますが、宇宙では衛星が一度壊れれば放置され、新たに打ち上げるほかありません。これはいわば、ガソリンが切れた途端に乗り捨てて新車を買うようなもの。自動車には宇宙には点検や修理、燃料補給といったサービスがそもそも存在しません。我々はそれを解決する、いわば宇宙のアフターサービスを築こうとしているのです。
※過去に同様のミッションが実施されたか否かを株式会社アストロスケールが調査


天井高を求めてたどり着いた、最初のガレージファクトリー
私自身は大学院で航空宇宙工学を学びました。その後内閣府最先端研究開発支援プログラム「(通称)ほどよし超小型衛星プロジェクト」に携わり、次の職場を考えていた時期に岡田と知り合いました。ちょうど設計・製造を担うR&D拠点を日本につくろうというタイミングで、「入社してくれないか」と声をかけられたのです。国の事業だった宇宙開発が民間に開かれれば、技術も使い道も一気に広がる。誰も解き方を知らない課題への挑戦に惹かれ、2015年2月設立の日本法人に立ち上げメンバーとして加わりました。当初、私はエンジニアとして働くつもりだったのですが、CEOの岡田からは、入社前に都内の中華料理店で気さくに「経営もやらない?」と、突然打診されて驚きました(笑)。型に縛られず、時には直感やスピード感をもって即決する、彼の人柄もあったのでしょう。以来、私は衛星開発と経営を兼務しています。
日本法人は6人でのスタートで、まずは12~20人といった規模まで収容できる建物を探しました。当初は前職のご縁や、大学の先生方やメーカーの方々にすぐ相談に行ける利便性を考え、文京区周辺を探していました。主に住宅街の中の印刷工場跡のような小さなビルを見て回ったのですが、「人工衛星をつくる」と言うと、事故や騒音の懸念からか、なかなか良いお返事をいただけません。衛星の製造は機械が常に動いているわけではなく、職人が丁寧につくり上げるような仕事なので、音の心配はほとんどないのですが、理解を得ることは非常に難しかったです。
大塚なども含め候補は見尽くし、「どこも良いところがないね」という空気になっていました。そんな折に出会ったのが、墨田区・錦糸町で建築中の小さなビル。一緒に見て回っていたメンバーの一人が情報を持ってきてくれ、足を運んでみると、まだ鉄骨が立っている程度の状態。それでも1階が天井高のある倉庫仕様で、衛星製造に必要な高さを確保できそうだったのが、非常に魅力的でした。当時つくろうとしていた衛星は人の背丈ほどのサイズで、通常の階高では天井高が足りません。2階分を吹き抜けにしたくらいの高さが欲しかったのです。目の前にお住まいのオーナーへ事情を説明すると、細かいことは何も聞かれず「いいですよ」と、すぐに快諾いただき驚きました。そこは墨田区らしく町工場が数多く集まるエリアだったので、製造現場に対する馴染みがあったのだと思います。
1階はチリやホコリを完全にシャットアウトして衛星の組み立てを行う「クリーンルーム」に改修し、2階は執務室に。シャッターを開けるとすぐに製造現場を見せる造りにしたことで、顧客やサプライヤーの方々に人や設備を直接見ていただき、企業としての信用づくりにつながりました。宇宙の世界は実績を示してこそ資金やお客様がついてくるので、製造に足る人と設備が揃っていることを実際に見て確かめていただく必要があったのです。JAXAをはじめとする宇宙機関の支援も増え、JAXAのプロジェクトにもつながっていきました。

製造現場を見せる工場と、宇宙を身近にするオービタリウム
その後は人員増加に伴い錦糸町で3拠点に分散し、社員は8年間で約160人にまで増えました。近隣の中小規模ビルの1〜2フロアを借りる形で分散していったのですが、コロナ禍でリモートワークが定着していたとはいえ、どの拠点もスペースに余裕がない状態でしたね。
工場についても次第に機材でスペースが埋まり、つくれる衛星の大きさにも制限が生じました。より大きな工場が要ると考えていたところ、墨田区が遊休化していた区有地を産業振興拠点として整備する公募型プロポーサルが実施されました。開発事業者と共同で公募提案を行い、2023年、新築された「ヒューリック錦糸町コラボツリー」へ移転しました。
クリーンルームは約156坪のスペースを1階に整備。大空間の途中に柱が立てば衛星の製造動線が損なわれてしまうので、構造上、建物の高さなどに影響は出ますが、特別に無柱空間としてもらいました。一方で、2階には約250坪の「オービタリウム」という、一般の方々にも開かれた見学施設を設けました。先ほども述べたとおり、創業期のビルにおいて、工場を見ていただくことの効果を実感していたので、それを新しい拠点でも実現しようと工場の手前に自社の事業を説明できる見学の場をつくったのです。宇宙は遠い存在に思われがちですので、宇宙の課題をもっと身近に感じていただけるよう、人工衛星の展示や、宇宙と地上の暮らしのつながりを示した映像をご用意しています。
よく「SFの世界みたい」と言われることが多いのですが、宇宙はもうSFの中の話ではありません。地図アプリのGPSのように、関連する技術は身の回りのインフラになっています。デブリの問題は環境問題のようなもので、宇宙は無限に見えて実は海や自然と同じ有限の資源。それを実物や映像で直感的に理解していただきたいと考えました。
その上にある約400坪の3階は、フリーアドレスの執務エリア。天井を一部抜き、壁を極力立てず、緑を取り入れたウェルビーイングを意識した空間構成に。また、スタートアップらしいカジュアルな雰囲気を意識し、カフェスペースやスタンディングデスクのエリアも設けて、集中したいとき、気分を変えて立って働きたいとき、オープンな場で打ち合わせをしたいときと、その日のやることに合わせて場所を選べます。カフェスペースは時にパーティースペースにもなり、就業時間外のイベントにも使われています。エンジニアは他業界出身者が多いので、宇宙業界の会社で働いているのだと実感できる意匠にもこだわっています。せっかく熱意を持って宇宙業界に来てくれたのですから、宇宙船のような空間や、散りばめたロゴやキャラクターで、モチベーションが上がるオフィスにしたいと考えました。


理想はすべての工程を一望できる、広大なワンフロア
今後は製造能力の拡大に向け、工場の拡張や複数拠点での分業化といった選択肢を見据えています。難しいのは、衛星のサイズが燃料タンクの大きさでほぼ決まることです。宇宙での燃料補給が当たり前になれば小型化に向かう可能性もあるかもしれませんが、工場はそのような技術革新が起こる3〜4年前から動かさねばならなりません。どの程度の規模で製造拠点を設けるのか、その見極めは本当に難しいですね。
このように様々な検討事項がありながらも、錦糸町はこれからも事業拠点の軸であり続けるでしょう。ものづくりのまちの心地よさに加え、車で大手町から約20分、羽田空港から約40分と、海外からのお客様も来やすい便利な立地です。
一方で執務空間については、現在の3階のオフィスは、かなり理想に近い環境だと思っています。しかし、計画時より人員が増えたこともあり、一人ひとりのパーソナルスペースにもっとゆとりを持たせたいと考えています。そして将来的には、執務エリアやラボ、衛星を操る管制室までもが一望できる広々としたワンフロアが理想です。実は上階にもラボや管制室があるのですが、セキュリティの関係もあって部屋やフロアが分かれ、事務系のメンバーが現場を目にする機会はあまり多くありません。現在、日本法人は200名を超える規模となりましたが、そのような中でも一つのチームとして事業に取り組んでいくことが大事です。経理のメンバーからもラボで頑張るエンジニアの姿が見える——そんな空間を、いつかデベロッパーの方々とご一緒につくれたら嬉しいですね。全員が現場の熱を感じられ、協力して事業を進めていける場所をつくっていきたいと思います。


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