コロナ禍を契機として「働き方」が大きく変貌を遂げるなか、リモートワークなど場所を選ばないワークスタイルの受け皿として、フレキシブルオフィスがこれまで以上に注目を集めている。フレキシブルオフィスとは、大意では「賃貸借契約の締結を必ずしも必要とせず、主に施設利用契約に基づいて利用されるオフィス」である。一般オフィスとの大きな違いとして、契約期間の柔軟性が高いこと、什器や内装がすでに整備されているため、契約からすぐに入居が可能なことなどが挙げられる。
フレキシブルオフィスの形態には様々なバリエーションがある。一例として、場所のみの賃借ならば、月極、時間貸しの「レンタルオフィス」、そこに受付や電話取次といったサービスが付随すると「サービスオフィス」、デスクや会議室を共有するような機能があると「シェアオフィス」、そして、イベントやSNSなど利用者同士のコミュニケーションが促進される仕組みがあると「コワーキングオフィス」と呼ばれている。ただし、こうした呼称も統一されたものではない。また、実際には、時間貸しのレンタルオフィスにも共用のミーティングスペースを設けていたり、サービスオフィスに他社連携の促進を図るコミュニケーションスペースがあるなど、一つの拠点でも複数の形態に当てはまる要素を持っていることが多く、ネーミングだけでは内容をつかみきれないのが実情となっている。
下図は、東京都内のフレキシブルオフィス市場規模を示したグラフだ。最新2022年9月期のフレキシブルオフィスの総床面積は24万4000坪となっている。これは、東京23区の賃貸オフィスストックの3.2%の割合に相当する。以下で簡単にフレキシブルオフィスマーケットの拡大の経緯を振り返る。
フレキシブルオフィスは、サーブコープやリージャスといった外資系のオペレーターが日本へ進出した1990年代以降、じわじわとそのマーケットを拡大してきた。しかし、2018年以降はそれまでとは一線を画す拡大傾向となった。2018年は前年比で+32.2%、2019年同+27.1%、 2020年同+29.5%の成長率となっている。この3年間の大きな伸び率は、2018年にWeWorkが日本に進出して以降、続々と大型のセンターを開設したこと、また2017年頃から複数の日本のデベロッパーや不動産会社がフレキシブルオフィスの運営を開始したことが主因である。
2021年は前年比+12.6%と、拡大の勢いは若干落ち着きを見せた。コロナ禍によりオフィス需要が弱含み、大型の専有区画を持つエンタープライズ型フレキシブルオフィスの新規出店が鈍ったためだ。ただし、2021年のフレキシブルオフィスの拠点数は前年比+20.5%と、過去5年間で最大の成長率となった。つまり、2021年は1拠点当たりの面積が小さいフレキシブルオフィスが数多くオープンしたということだ。これは、急速に拡がったリモートワークによって、個人が作業をするために立ち寄るサードプレイス型フレキシブルオフィスの需要が拡大したことが背景にある。サードプレイス型フレキシブルオフィスは、都心部から郊外のターミナル駅まで幅広いエリアに立地している。都心部ではクライアント先など外出前後の作業スペースとして、郊外では在宅勤務の代替地として使用されているものと考えられる。コロナ禍では特に郊外の出店が目立った。 2022年末時点の市場規模は現在集計中ではあるものの、同年はシンガポール発祥のJustcoや、リージャスの高級ブランドであるSignatureが日本へ進出するなど、大型のフレキシブルオフィスのオープン事例が再び散見されている。
では、なぜ今までフレキシブルオフィスの市場が拡大してきたのか。その背景として以下の四つが挙げられる。
1 高空室率時のリーシング戦略
フレキシブルオフィスはまとまった面積を使用することが多く、空室を多く抱えたビルにとっては空室解消の一手段となる。例えば築年数を経たビルに内装グレードの高いフレキシブルオフィスが入居することで、ビル自体のイメージアップが可能となり、ビルオーナーサイドから優良テナントとして誘致が促進されている。また、その後ビルの空室が少なくなり、テナントが増床を必要としても、同ビルに入居しているフレキシブルオフィスを選択することが可能だ。これはテナントのリテンションにもつながる。
2 起業数の増加
ベンチャーの起業数は景気動向に左右されるものの、おおむねアベノミクス以降は前年比プラスで推移している。スタートアップの場合、設立当初は規模が小さい、人数が少ない、資金が潤沢にないことが一般的であり、そのような状況下において、フレキシブルオフィスであれば初期費用を抑えてオフィスを開設することが可能となる。
3 生産性向上の一手段
例えば営業先の行き帰りにオフィスまで戻って仕事をするのではなく、近くにあるフレキシブルオフィスで仕事をすることで移動時間を短縮することができる。このようにフレキシブルオフィスを活用することによって、生産性向上を目指すニーズが増加してきている。
4 リモートワークの必要性
東京2020オリンピック・パラリンピックを見据え、社会ではテレワークのトライアルなどが少しずつ進展してきてはいたものの、リモートワークの必要性が急激に高まったのは、新型コロナウイルス感染症の拡大を受けてであることに疑う余地はない。CBREが2022年2月に実施した東京23区テナント企業へのアンケートでは、9割近くの回答者がリモートワークをしていると答えている。新型コロナウイルス感染症の拡大が始まり3年が経過し、リモートワークはすでに一般化していると言える。
フレキシブルオフィスは拡大が続いてきたものの、今後の需要はどうなるだろうか。テナント企業へのアンケートにおいて、フレキシブルオフィスの利用について今後1年以内に変更予定があるかとの問いには、31%が「利用を増やす」または「利用を始める」、6%が「利用をやめる」と回答している。一方、新型コロナウイルス感染症収束後の出社率の見通しを聞いたところ、「100%出社に戻す」との回答が20%程度あるものの、80%が「100%には戻さない」と答えている。今後は出社とリモートワークを組み合わせるハイブリッドワークが主流になるだろう。実際に、フレキシブ ルオフィスの利用目的(複数選択可)の上位は「サテライトオフィスとして」が60%、「在宅勤務の代替スペースとして」46%、「タッチダウンオフィスとして」が29%となっている。多様化する働く場所の受け皿として、フレキシブルオフィスの需要が高まっていると考えられる。
また、現時点では少数派であるものの、着目したいのがコアオフィス・センターオフィスとしてのフレキシブルオフィス利用だ。前述の設問では、「コアオフィス・センターオフィスとして(本社機能や管理機能を持ったオフィス)として」を利用目的とした回答割合は7%に留まった。ただし、コロナ禍以降IT系の企業を中心として本社をフレキシブルオフィスへ移転する事例が散見されている。こうした企業の移転理由を見ると、働き方や事業規模に合わせた規模の拡縮の柔軟性、拠点開設の容易さ、拡張性の高い働き方の実現といった点が共通している。リモートワークの受け皿としてだけでなく、コアオフィスとしても変化する事業環境や働き方にフレキシブルオフィスは対応しやすい。これらは必ずしも、すでにフレキシブルオフィスへ移転した少数のIT企業にとってだけのメリットではない。
賃貸オフィスビルは近年、契約期間が長期化しつつある。CBREの調査では、東京グレードAビルは、2003年時点では36ヶ月程度だった契約期間が、最近は約55ヶ月に伸びている。これは、原則として中途解約が難しい定期借家契約の普及が背景にあると考えられる。一方、グレードAビルの44%にはフレキシブルオフィスが入居している。こうしたビルのフレキシブルオフィスに入居すれば、ビルのグレードや立地の良さと同時に、フレキシブルオフィスの契約期間の柔軟性の高さというメリットも享受することができる。また、テナント企業へのアンケートでは、今後想定されるリスク・課題(複数回答可)として、「経済の不確実性」が67%、「人材の確保」が59%と、上位の回答割合を占めた。こうしたリスクに対して、契約期間の柔軟性が高く、規模の拡縮が容易なフレキシブルオフィスは対応しやすいだろう。
さらに、最近では資源高を背景として工事費の高騰や、工事期間が長期化しつつある。フレキシブルオフィスでは内装や什器、通信環境が準備された状態で契約を開始できる。そのため、内装工事の時間をほぼ必要とせずに業務を開始することが可能だ。こうした点から、フレキシブルオフィスはリモートワークの受け皿としてだけでなく、オフィス移転の新たな選択肢としても取り入れられていくだろう。
シービーアールイー株式会社
リサーチ
アナリスト
金子 小百合





