稲畑産業株式会社|プロジェクトケーススタディ

ケーススタディ
更新日 : 2026年09月16日掲載日 : 2026年09月17日
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創業136年の化学系専門商社が
日本橋本町で東京本社ビルを建て替え。
仮移転期間を働き方改革の好機に変え、
次代を見据えた「つなぐ」拠点が始動する。

稲畑産業株式会社

稲畑産業株式会社
東京本社ビル建て替え

1890年、フランスで染色技術を学んだ稲畑勝太郎が京都で創業した稲畑産業株式会社。情報電子、化学品、生活産業、合成樹脂を柱とする化学系専門商社であり、大阪と東京の2本社制を敷く。同社は1971年竣工の東京本社の老朽化を受けビル建て替えを決断し、約3年3ヵ月の仮移転期間を経て、2026年3月、同地に4代目となる新社屋を稼 働させた。仮移転期間を働き方改革の実践の場に変え、新本社ビルを構築したプロジェクトの全容を、総務広報室総務部の山本勉之部長と湯本将司課長に取材した。

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築50年を超えた旧本社、分断されたフロアという課題

稲畑産業は染料の輸入商として出発し、現在は半導体関連が活況の情報電子をはじめ4事業を柱にグローバルにサプライチェーンをつなぐ。社是は創業者の精神を受け継ぐ「愛」「敬」。この2文字はロゴマーク「IK」にも重ねられ、社員に深く浸透する。近年は社員参加で策定したコーポレートメッセージ「当たり前をつなぐ、未来を紡ぐ。」を掲げる。

東京進出は1894年。堀留町などを経て、日本橋本町の現在地に東京本社を構えてきた。旧本社は1971年竣工の3代目社屋で、1983年には隣接地に増築も行われた。「私は総務に来る前は営業にいましたが、その頃から本社ビル老朽化の話は出ていました。年間の修繕費用も非常に高く、築50年を迎える段階で建て替えるべきだという声があったようです」と総務広報室総務部長の山本勉之氏は振り返る。

課題は老朽化だけではない。元々天井が低いうえ、IT配線のため床を上げたことで圧迫感はさらに増した。何より、エレベーターホールを挟んで本館と増築棟が分断され、同じフロアでも交流が生まれにくい構造だった。「当社は各営業本部が事業会社のように独立独歩で動きがちで、横串の情報共有が課題でした。同じフロアにいても他部署とのコラボレーションは少なく、かなり勇気を持って自分から行かないと情報が入ってこない状態でした」(山本氏)。固定席ゆえ人員の増減のたびにレイアウト変更が発生し、東京への人員集中で手狭さも増していた。

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賃借か、建て替えか、経済合理性と土地への思い

プロジェクトが本格的に始動したのは2021年。賃貸ビルへの移転という選択肢もあったが、決め手は先代の総務メンバーによるシミュレーションだ。「テナントとして入居した場合の家賃と、建て替えた場合の初期投資や修繕費を30年間で比較した結果、自社ビルの方に経済合理性があるという結果でした。加えて、この地で東京の事業を大きくしてきたという思いも強く、建て替えに舵を切ったと聞いています」(山本氏)。2022年1月、同社は建て替えを公表した。

最初のアクションは、プロジェクトマネジメント(PM)会社の選定だった。「本社の建て替えは初めての経験で、素人の我々だけでは進められません。マラソンの伴走者のように、最後まで並走してくれるPM会社をまず選ぶことから始めました」と山本氏。ビル管理などで付き合いのあったCBREを含む複数社でコンペを実施。仮移転先の選定から、新本社への回帰を見据えたワークプレイス戦略、設計・施工の品質・コスト管理までを一気通貫で担える総合力を評価し、CBREをパートナーに選んだ。当初は工期短縮などの利点から設計施工一括方式を想定したが、建設需要の活況でゼネコン各社の設計部門が多忙を極め、設計施工分離方式へ転換。設計は安井建築設計事務所、施工は大林組に決定。調達期間の長い鉄骨は基本設計段階から発注準備を進め、スケジュールの遅れを最小限に抑えた。

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仮移転先で挑んだ働き方改革「自分の席」をなくす抵抗感

2022年12月、仮移転先の室町古河三井ビルディングで営業を開始した。この期間を単なる仮住まいとするのではなく、働き方改革の実践期間と位置づけた。「新本社では柔軟な働き方に対応するオフィスにしたいと、経営層も考えていました。そこにつなげるため、仮移転先でフリーアドレスにトライすることにしたのです」と山本氏は語る。

時を同じくして、大阪本社や名古屋支店も含む全社アンケートでは約7割が柔軟な働き方に賛成していた。だが、いざ自分ごとになると話は別だった。「一番大変だったのは、自分の席がなくなることへの抵抗感です。席がなくなるということは、足元に置いていた紙を減らすことであり、固定電話もなくなるということ。従業員の意識を変えるのには相当な労力を要しました」と山本氏は打ち明ける。帳票による数字の照合や、取引先の都合により紙での受発注業務をせざるを得ない部署の抵抗は、特に強かったという。そこで全社説明会とは別に、各部署のキーマンに2回、3回と膝詰めの対話を重ね、個別の疑問を一つずつ潰していった。

総務部とともに事務局を担ったデジタル推進室の存在も大きい。コロナ禍を機に全社員へノートPCを配布し、携帯電話のスマートフォン化、サイバーセキュリティの整備、受発注業務のデジタル化が急ピッチで進められていた。「気合と根性でやれと言っても無理です。デジタルでフォローして慣れてもらい、不満を7割から6割、6割から5割へと、だんだんストレスを軽減させていきました」(山本氏)。

象徴的なのが紙の削減だ。旧本社ではCBREと協力して全キャビネットを開け、収納状況を調査した。「紙を1枚ずつ重ねていくと約1.6km、ちょうど東京駅まで届く量があったわけです。それが仮移転の時点で半分に。50%減った時は嬉しかっ たですね」と山本氏は明かす。

仮移転先では、部署ごとに緩やかにエリアを分けるグループアドレスを試行し、ここでも学びを得た。「図面上に点線が引かれていると、人間はそのエリアに留まってしまう。ここから先は相手の領土、という意識が出てしまうんです」と話すのは、総務広報室総務部東京総務課長の湯本将司氏。新入社員のローテーションなどで人数変動が激しく、席が足りなくても線を越えられない場面もあったという。それでも仮移転後の再アンケートではフリーアドレスの継続を望む回答が約8割に達し、新本 社での本格的な導入へとつながった。

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満足度を下げない工夫を凝縮、歴史を受け継ぐ4代目社屋

新本社づくりには思わぬハードルもあった。仮移転先が駅直結の真新しいビルだったことだ。「映画館も入ったきらびやかなビルで、エレベーターホールも立派でした。若手社員を中心に『もう戻らなくていいんじゃないか』という声がささやかれていたのも事実です」と湯本氏。「立地は変えられません。ならば、みんなが満足するポイントをいかに増やしていくか。従業員満足度をなるべく下げないことが非常に重要なテーマでした」と続ける。

建設工事も平坦ではなかった。解体時、地中からは歴代社屋の杭をはじめ想定外の障害物が次々と見つかった。「工期と費用の両方に影響したのが大きかったです」(湯本氏)。着工は遅れたものの2025年12月に竣工し、2026年3月23日、新社屋での営業を開始した。

新社屋は地上9階、地下1階建、延床面積約7,834㎡(約2,370坪)。高さ制限のある地区ながら、中間免震構造を採用しつつ階高を抑え、十分な天井高と9フロアを両立させた。非常用発電などBCP (事業継続計画)対応を強化し、環境認証も取得している。

執務フロアはフロア内フリーアドレス。什器は仮移転先でのトライアルを踏まえて一新した。「使われる什器と使われない什器がはっきりしました。全部署へのインタビューや出社率、会議室利用率の調査も行い、使いやすさに少し面白みを加えました」(湯本氏)。目玉は最上階・9階のラウンジだ。「社員が同伴すればお客様にもご利用いただけます。『打ち合わせは9階でやりましょう』というのは、今までにない光景です」と湯本氏。2階の来客フロアはQRコードで入館でき、同社の歴史を伝える映像を上映する。「一定のセキュリティは保ちつつ、お客様の利便性を下げない。そのバランスを考えました」(湯本氏)。

随所に織り込まれたのが同社の歴史と伝統だ。稲穂をあしらった旧社屋外壁の一部を1階と5階のエレベーターホー ルの壁としてショーケース化。新社屋外壁の「直線と斜線」で示す「IK」のモチーフは、執務室のレイアウトにまで及ぶ統一テーマとなった。「歴史が長く、会社を好意的に思っている社員が多いのです。ただ、あまりアピールが強すぎてもいけませんので、さりげなく取り入れました」と湯本氏は説明する。

器の完成はスタート地点、場を活かして企業文化を育む

新社屋の評判は上々だ。来客からは「いい本社ですね」との声が届き、建設中から何度も足を運んだOBもいたという。紙を残さない習慣も定着しつつある。「仮移転時の紙の量からキャビネット数を計算して用意したのですが、引越し前の現場調査ではさらに減らす人が多く、今も空きがあるほどです」と湯本氏は手応えを語る。

もっとも、2人はこれをゴールとは捉えていない。「今が完成というわけではありません。時代も人も変わっていきますから、変化に応じてオフィスも変わっていく。それに乗り遅れず、常に時代にマッチした形にできれば、それが一番幸せです」と湯本氏。山本氏はさらに「ビルはここから劣化していくだけです。では総務の仕事はそれを維持する修繕だけでいいのかといえば、違います。人事部が何十年ぶりに社内運動会を復活させ、コミュニケーションの活性化を図りましたが、総務は新本社ビルを活用して横串のコミュニケーションを生む仕掛けをつくる。その結果として、バージョンアップした社風や企業文化をつくるのが総務の仕事だと思います。この場を活用して、もっといい当社らしさをつくりたいですね」と語る。

「当たり前をつなぐ、未来を紡ぐ。」。コーポレートメッセージを体現する4代目社屋を舞台に、136年企業の新たな歴史が紡がれていくことだろう。

プロジェクト概要

企業名

稲畑産業株式会社

施設

東京本社ビル

所在地

東京都中央区日本橋本町2-8-2

規模

地上9階、地下1階、塔屋1階建

延床面積

約7,834㎡(約2,370坪)

人員

約520人(東京本社勤務者人数)

稼働開始日

2026年3月23日

CBRE業務

本社構築に向けた仮移転物件紹介・仲介、T&Tによるプロジェクトマネジメント、ワークプレイスコンサルティング

稲畑産業株式会社

上記内容は 「BZ空間」2026秋号 掲載記事
です。本ページへの転載時に一部加筆修正している場合がございます。