エネルギー物流の老舗企業が挑む!海と陸の「絆」を深め、100年企業を目指すワークプレイス変革

平時にはコラボレーションワークやリフレッシュの場として使える、フレキシブルスペース「SOLA」は、皇居に面した明るく開放的な空間
日本のエネルギー物流を支える旭タンカー株式会社は、2024年10月、東京・日比谷の第一生命日比谷ファーストに本社を移転した。新オフィスでは、約150名がワンフロアに集い、自律性・連携・生産性を高めるため、ABW(Activity Based Working)※へと移行。社会のインフラを担う企業として、災害時にも非常電力が確保されたビルを本拠に選定。船舶運航会社として不可欠な「緊急対応室」の機能を兼ね備えたフレキシブルスペースの設置や、海上で働く船員へのリスペクトを込めた空間デザインを導入した。創業75周年を経て、100年企業に向けた持続的な海上運送の実現を目指す、同社のプロジェクトを取材した。
執行役員 総務部長
山下 隆男氏

複雑化する事業環境に立ち向かう海運のプロフェッショナル
1951年に下関で3隻のタンカーとともに産声を上げた旭タンカー株式会社は、今年創業75周年を迎えた。日本のエネルギーインフラを支え、安全第一の運航でお客様からの評価を得てきた同社だが、近年の業界環境について、執行役員 総務部長の山下隆男氏は次のように説明する。「地政学リスクに加え、脱炭素化など環境変化への対応や、船員不足の中、安全と環境への要求が高度化しており、事業環境はこれまで以上に複雑化しています。環境対応船の導入やDXを活用し、持続可能な海上運送を実現していきたいと考えています」。
こうした経営環境の変化を受け、同社は創立100周年に向けた発展および新事業の創出を見据え、組織のあり方を見直す契機として本社移転を位置づけた。
ワークプレイスの変革に向けた議論は、働き方の変化をきっかけに始まった。山下氏は当時の課題をこう振り返る。「移転前は内幸町のオフィスに40年入居していました。オフィスが2フロアに分かれていたため、異なるフロアのメンバーと話す機会が少ないという“コミュニケーション不足”が課題でした。またコロナ禍を経て、リモートワークが普及する中で、オフィスのあり方も変わってきた実感があり、それも移転を決断するポイントでした」。
移転先の選定では、多くの新築物件やリノベーション物件を比較検討した。事務局は総務部の3名と山下総務部長に加え、担当役員の服部建介専務(当時、常務)の5人体制。総務部のチームリーダー・清水和美氏は「日比谷、丸の内、虎ノ門といった幅広いエリアで、居抜き物件も含めて多くのビルを視察しました」と話す。
最終的に選ばれたのは、第一生命日比谷ファーストの17階だった。決め手は交通利便性とコストバランスに加え、最大の目標であった「部門間の壁を取り払うワンフロア化」が実現できる点にあった。また、6階にテナント専用のカフェやコンビニが新設されるなど、リニューアル済みの良好な環境もプラスに働いた。
さらに、インフラ企業としてのBCP対策の観点も重要視された。山下氏は「災害時にこそオフィスを稼働させなければならない我々にとって、非常用電源の存在は大きな後押しになりました」と語る。

エントランスから窓へ続く壁のラインは「水平線」。離れて働く海上職と陸上職の社員が誇りを持ってつながることを示す
タイトなスケジュールと「とりあえずやってみよう」の合言葉
今回のプロジェクトで障壁となったのは、時間の制約だった。移転が正式に決定したのは2024年1月、移転日は同年10月と準備期間は10カ月しかなかった。タイトなスケジュールを乗り切るため、CBREは構想から戦略策定・設計・工事・意識改革まで一気通貫で支援する体制を整えた。
一般的には、ワークプレイス戦略を定めてから設計に着手するが、今回は期間が短いため、戦略策定と設計を同時並行で進めるアプローチが採用された。清水氏は「通常は1年ほどかけますが、私たちは最短距離で進めるしかなく、CBREとワンチームで進めた結果、期限内の移転が実現しました」と振り返る。
社員の意識改革も大きな課題だった。固定席からABWへの移行には反発も予想され、5年後、10年後を見据えたオフィスにする価値観を浸透させるため、事務局は意識改革を徹底した。清水氏は「新しいオフィスを好きになってもらうため、見学会を十数回開き、できるだけ多くの社員に見てもらいました。景色を体感し『ここがいい』と言う人も多く、CBREの支援でワークショップも重ね新しい働き方を浸透させました」と語る。
プロジェクトを動かす力となったのが、服部専務の「とりあえずやってみよう」の一言だった。山下氏は「行ったら戻れないのではなく、不具合があれば変えればいいとの考え方が浸透し、社内の空気が前向きになりました」と実感を込める。

見通しのよい開放的な執務エリア。ひとりで作業をする「ソロワーク席」と、チームでアイデアを出し合う「コラボワーク席」を組み合わせて配置
海上で働く船員にリスペクトを込めてデザインに反映させた海と陸の「絆」
新オフィスの設計において、同社のアイデンティティを象徴するのが「海と陸の融合」というコンセプトだ。海上で働く船員と陸上の社員の心をつなぐデザインを採用。エントランスからフロア奥まで貫かれた、壁の水平なラインは、世界中どこからでも変わらずに見える「水平線」を表現している。山下氏は「顔を合わせる機会が少ない海上職と陸上職を含め、あらゆる場所で働く社員が誇りを持ってつながっていることを示します」と説明する。
天井の照明は、船乗りが道標とした星座がモチーフだ。GPSが使えない時でも一致団結して困難に立ち向かう目印となるよう、船員が選んだ星座を組み込んだ。会議室も「ベガ」など航海に欠かせない星座名を付け、役員優先応接室はリーダーシップを示す「シリウス」と命名。清水氏は「CBREのヒアリングを踏まえ、私たちの想いをオフィス設計に詰め込んでいただきました」と述べる。
フロア内にはフレキシブルスペース「SOLA」が設けられた。ここは普段、社員のコラボレーションやリフレッシュの場として活用されるが、有事にはカーテンを閉め、災害対策本部として機能する「緊急対応室」へと転換できる設計だ。山下氏は「大型モニターでの情報共有もサイズ感が良く機能的だ」と感じている。
「SOLA」の天井に瞬く船乗りたちの道標、北極星、北斗七星、カシオペア
有事には災害対策本部へと転換する「SOLA」
ABWを100%導入、自律的な働き方の実現へ
新オフィスでは、一部の秘匿性を要するエリアを除き、100%ABWが導入された。活動内容に応じて、集中席、リフレッシュスペースなど、最適な場所を社員自らが選択する。総務部の西村亮輔氏は「目的に合わせて、働く場所を移動しています。事務局として率先してルールを守り、働く中でやりにくいことがあれば、変更を反映するようにしています」と話す。
清水氏も「総務の仕事柄、普段は話しかけられやすい席にいますが、本当に集中が必要な時はリモートワークを組み合わせるなど柔軟に選択できるようになりました。社員それぞれが工夫しながらABWを使っていると感じています」と手応えを語る。
長年の固定席文化からの移行には課題もある。山下氏は「シニア層にはこれまでの働き方とのギャップが大きく、席がない不満も出ました。しかし、若手には、これが当たり前であり、このギャップを埋めることが今後の課題です」と分析する。
リラックスした雰囲気での作業や打ち合わせに適したカフェ席
個人作業に適した集中席。人気が高く、予約システムを導入
移転から時間を経て感じた運用の修正と今後の展望
移転後に社員アンケートを3回実施し、予約制の導入など運用面の改善を継続している。リモートワークについても「月10日」のルールを設けつつ、各部門の業務内容に応じて柔軟に運用されている。山下氏は「週1回程度リモートを活用する社員もいます。大切なのは最適な働き方を選択できる環境があることです」と語る。
採用面でも好影響が出ている。山下氏は「新入社員から『こんなオフィスで働けて嬉しい』と喜ばれることが増えました。学生は環境を見ており、海上職の社員も研修などでオフィスに来ることもあり、変化を感じてくれています」とブランディングへの寄与を実感する。
同社の「100年を通過点とし、さらに発展する」姿勢は、このプロジェクトの根底にも流れる。40年ぶりの移転を通じ、古い習慣を脱ぎ捨て新時代にふさわしい企業文化の構築へ。旭タンカーは新オフィス誕生とともに、未来に向けた航路へ舵を切った。

個人ロッカーの横には、外出前後の時間を活かせる小テーブル
プロジェクト概要
企業名 | 旭タンカー株式会社 | |
|---|---|---|
施設 | 本社オフィス | |
所在地 | 東京都千代田区有楽町1-13-2 第一生命日比谷ファースト17階 | |
延床面積 | 約500坪 | |
人員 | 約170人(最大席数199席) | |
開設時期 | 2024年10月 | |
CBRE業務 | ワークプレイス戦略、オフィス設計、チェンジマネジメント、工事請負、T&Tによるプロジェクトマネジメント | |
※仕事の内容・状況に応じて「最もパフォーマンスが発揮できる場所」を社員が自ら選択して働くことができる環境